1、プロローグ

羽田空港から飛行機に乗り約1時間。眼下に広がる能登の緑の中に忽然と姿をあらわす能登空港に降り立ってから約30分。
輪島の中では閑静な街として知られている上町通りの中ほどに大崎庄右ェ門は居を構えている。上品な歴史を感じる外観にいやがおうにも期待が高まる。

「ごめんください」ガラガラっとくぐり戸をくぐり薄暗い玄関に入る。

その先にある中戸を開けるといよいよ大崎庄右ェ門の玄関に招き入れられる。

仰々しくもあり、儀式的でもあり普段の私たちの生活からは想像も出来ない世界なのである。呆気に取られながら少し進むと天窓から取り入れられた柔らかな光の中に静かに佇む腰板や壁板が目に飛び込んでくる。

そのどれもがしっとりとした輝きを保ち、どう考えても漆以外には考えられない奥深き上質な質感と色を保っている。

現代の壁紙文化にはない実に奥深き日本の伝統美としか表現のしようがない美しき天然素材の織りなす美しき質感。たとえそれを真似て塗装したとしても到底到達出来ない世界が目の前に広がっているのである。

ご主人と女将さんが現れるまでのわずかな間、これから始まる塗師屋大崎庄右ェ門との出会いに高鳴る想いを馳せていた。

しかし、それはまだまだ塗師屋大崎庄右ェ門にとっては序章も序章、まだ始まりですらなかったのだった。