4、猿が箱の上で生きている?

客間に通されお茶を出された。
旨い。本当に旨い。こんなにお茶がおいしいと感じた事は生まれて初めてだ。
それに一緒に出された丸い和菓子が絶妙のマッチングなのだ。
聞けば大崎さんの隣の和菓子屋さん(良澤)でいつも買い求めると言う「一口柚餅子」と言う輪島ではポピュラーな和菓子だと。そしてお茶は無農薬栽培の加賀棒茶だと説明してくれた。とことんこだわり抜いたその気遣いに感激していたのだがご主人が

「ちょっと面白い物があるんだが見てみるかい?」と出してきたのが美しく流れる文字が書き綴ってある古い桐箱だった。
開けて見てみるといいよ。そうご主人に促され恐る恐る中を取り出すと中から猿が飛び出してきたのだ。正確には飛び出してきたように見えたのだ。

生き生きとした猿が文庫※1の上に彫られて※2いるのだ。
ご主人曰く、申年生まれの先代が前 大峰氏※3に所有した猿の掛け軸を見せ「これを参考に彫りなさい」と発注したのだが、待てど暮らせど仕上がらずシビレを切らせた先代が「ワシの目の黒いうちに持ってこんか!!」と一渇し驚いた大峰氏がすぐに仕上げて持ってきたと言う曰く付きの逸品だったのだ。
前 大峰と言えばその当時の輪島を代表する天才沈金師として名を馳せていたのだが、その大峰すらも一喝するとは恐るべし先代庄右ェ門であった。

なるほど。天才沈金師が世にも恐ろしいと思った鋭い感性の先代に納めただけあってこれほどまでの作品が出来上がったのだな。と納得したのであった。

 

※1.文庫:書類箱
※2.沈金技法:ノミで漆の表面を彫り、その溝に金箔や金粉を埋め込み輪島塗の加飾技法の一つ
※3.前 大峰:輪島が輩出した沈金技法では初めての人間国宝(1890-1977)